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自閉症の息子が生きた5年間の軌跡

私の大切な息子は知的障害を伴う自閉症でした。5年間という短い人生でしたが、彼はたくさんの宝を遺してくれまいた。

生死に関わることの決断は、簡単にしているわけじゃないんだから、思いを汲んで欲しい

市川海老蔵さんの会見を観て、奥様を大切に想う気持ちがすごく伝わってきて、一人涙を流していました。

有名人であるがため、そっとしておいて欲しいことも公表しないといけなくなってしまうのは本当に辛いだろうなと感じています。

生死に関わることだから、そっとしておいてあげて欲しいなと思っています。

周りに心配を掛けないように、あえて言わないってことって、有名人でなくてもあると思うんです。

 

 祖母が大腸癌を患っている時、娘婿が大病に・・・

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今日は、私の息子のハルの話ではなく、私の過去の話です。

私が高校生の頃、母方の祖母が大腸癌と診断され入院し、手術をしました。

祖母は手術はしたものの、予後(病気の経過)は良くなく、入退院を繰り返していました。

 

祖母の病気がわかって1年くらい経った頃、私の父(祖母にとっては娘婿)の病気が判明しました。

病名は、脳腫瘍。

祖母は、とても心配性だったので、娘婿がそんな大病を患っていると聞いたら、それだけで倒れてしまいそうなので、黙っていることに。

父は、手術の際、丸坊主にしたため、手術後は、祖母に会わないようにしていました。

そして、父の手術の2ヶ月後に祖母は亡くなりました。

祖母は、娘婿が脳腫瘍になり手術をしたことも知らずに亡くなりました。

 

 その時は早いと思ったけど、今となったらよかったのかもしれない

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祖母が亡くなったのは、70歳。

平均寿命を考えても、早いですよね。

「お義母さん、早すぎる」

と祖母が亡くなった時にお嫁さんが言ってくれるくらい、祖母はとても優しい人でした。

私は、祖母が作ってくれるおにぎりが大好きで、遊びに行ったらいつも作ってもらっていました。

小学校入学の時にランドセルと一緒に買ってもらったぬいぐるみは、今でも大切にしています。

みんなに愛されていた祖母だったので、誰もが「早い」と悲しんでいました。

でも、20年近く経った今では、

「早かったけど、あの時で良かったのかもしれない」

と話しています。

それにはこんな理由があります。

祖母が亡くなって1年後に祖母が伯父夫婦と一緒に住んでいた家が火事になり、その1年後に脳腫瘍を患っていた私の父が亡くなり、さらに1年後に私の母(祖母の娘)が急死したのです。

祖母が、自分の娘夫婦が立て続けに亡くなったり、自宅が火事になったりすることを知らずに亡くなったので、当時は早いとは思ったけど、今考えるとあの時亡くなって良かったのかもしれないと思うのです。

「とてもじゃないけど、お母ちゃんにこんな辛いことを見せられない」

これは伯母(祖母の娘)が言った言葉です。

親を亡くすことはいくつになっても悲しいですが、それ以上に子どもに先立たれる方が悲しく、辛いものです。

そんな辛い状態を祖母は耐えることはできなかったでしょう。

 

 隠すことは思いやりでもあるけど、思いがけない所から耳に入ることもある

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祖母が亡くなった後、伯父宅が火事になった時、私の母は父親の看病で大変な時期だったので、母には知らされませんでした。

しかし、新聞に火事の記事が載ったため、親戚から連絡が入り知ることになりました。

その時、母も伯父の想いが分かっていたので

「なぜ知らせてくれなかったのか」

なんて責めることもありませんでした。

本当に大変な時期だったので、他の家のことを気遣っている余裕なんてなかったのだと思います。

人の生死に関わることって、いろんな想いがあり、いろんな気遣いがあるから、ありのままを話したり、話す範囲を制限したり、相手のことを考えて話さなかったり、様々な対応があると思います。

話さないってことは、話すことによって影響がある部分があるから、そうしているのですよね。

だからこそ、そっとして欲しいことってありますよね。