読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自閉症の息子が生きた5年間の軌跡

私の大切な息子は知的障害を伴う自閉症でした。5年間という短い人生でしたが、彼はたくさんの宝を遺してくれまいた。

5歳お誕生日直前に亡くなった弟への想い

「ハルの笑顔はヒマワリの花」に来ていただきありがとうございます。

 ハルママです。

以前も書いたようにハルが亡くなり3年が経ちました。

 

長男の学校では、今日田植えが行われます。

ハルが亡くなった時1年生だった長男は、4年生になりました。

3年前の今頃、ハルが亡くなってから、初めて長男が学校に登校する日、その日も4年生は田植えをしていました。

 私は、長男を学校まで送っていき、校長先生と担任の先生とお話をしました。

 校長先生は、長男の様子などを聞いてくださり、

 「精一杯フォローしていきます」

 と言ってくださいました。

長男学年では、担任の先生から長男がお休みしている間に、ハルが亡くなったことをお話してくださったそうです。

 中には、涙を流すお友達もいたそうです。

そして、長男が学校に出てきた時は、「いつもと同じように迎えてあげましょう」とお話してくださったそうです。

 このような配慮があったので、長男はいつもと同じように学校生活を送ることができました。

 ただ、長男の気持ちが心配でした。

 小学校に入りたての長男が、ハルの死を受け止めることができるのか?

 まず、理解ができているのか?

 ハルが通っていた療育園の園長先生とは、今でも交流があるのですが、 当時、園長先生は「小学校1年生だと、まだ抽象的なことを理解するのは難しい場合もある」

 と言われていました。

抽象的な理解って、10歳前後からできるようになるのですよね。

勉強にしてもそう。

 4年生からは、抽象的な概念が出てきて、つまずきを感じるお子さんが多くなるそうです。

 道が逸れそうなので、またこの話は別の機会に。

抽象的な事柄  ここでは、「死」ですよね。

もちろん自分でも体験したことがない。

 

 そして、「死」というものがどのようなものかも想像ができないですよね。

 それをどのように説明するか。

 私は、あえて説明はしませんでした。

 ハルが亡くなり、自宅に帰っていた時、私達大人はお通夜や告別式の準備に慌ただしくしていたとき、長男は、ハルの顔を優しく触っていました。

長男は、「ハルはどうして動かないの?」とは聞きませんでした。

この子は、わかっている。

 私はそう感じました。

もちろん、理解できていない部分も多くあったとは思いますが、

 自分の弟は、もう動かない ことは理解していたと思います。

 そして、ずっと泣かなかった長男が、棺が火葬炉に入った瞬間、大きな声をあげて泣きました。 

ハルとはお別れなのがわかっているんだ。

今まで泣くのを我慢していたんだ。

小さな体を震わせて泣く長男を抱きしめ、一緒に泣きました。

 私は両親を亡くしていますが、もう自分で生活できるようになってからでした。

 長男のような小さい頃に、いつも一緒にいた家族を亡くしたことはありません。

しかも、私は兄弟姉妹がいないので、弟を亡くした長男の気持ちを理解できるのか?

彼が負った心の傷は、私の想像をこえていることでしょう。

 私が受け止めることができるのか、不安でした。

それでも、彼を私の命をかけてでも守っていかなくてはいいけないと感じました。

両親が亡くなった時にも思ったのですが、残された者は辛いですよね。

しかも、同じような境遇の人はなかなかいない。

実際、私の今の歳で両親を亡くしている友人はいません。

父親か母親を亡くしている友人はいるので、その友人にだけいろんな気持ちを打ち明けています。

 きっと、親を亡くしていない人に話しても理解してもらえないと思うから。

それなら長男はどうか?

 小学1年生で弟をなくした子は、20歳までに両親を亡くした人をさがすより難しいでしょう。 

つまり、共感してくれる人は、なかなかいないということ。

 長男の気持ちが想像できないとか、そんなことを言っている場合ではない。

不安なんて感じている場合ではない。

前を向いて、長男のことを支えていかなくてはいけないのです。

 とにかく、前に。

 とにかく、ハルの分も生きていかないと。

そんな気持ちでいっぱいでした。