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自閉症の息子が生きた5年間の軌跡

私の大切な息子は知的障害を伴う自閉症でした。5年間という短い人生でしたが、彼はたくさんの宝を遺してくれまいた。

障がいを疑い、診断、障がい受容・・・一番辛い一年が終わろうとしています

自閉症という診断と障害受容

3月も下旬になり、そろそろ親子教室ともお別れの日が近づいていました。

 ハルは、4月からは療育園に通うことに決まっていました。

 

 

 

幼稚園や保育園に通う子。

療育園に希望は出したが、希望が叶わなかった子は、保育園に就園したり、親子教室にもう1年通ったり。

お友達ともお別れです。

 ハルは、お友達という意識はなかったと思うのですが、母親の私がやはり寂しかったです。

ハルの障がいを疑い、一人で苦しんでいた頃に親子教室を紹介してもらい、たくさんのお母さんと出会うことができました。

ハルを追いかけないと危ないので、他のお母さんと話す時間などほとんどなかったのですが、いつも声を掛けてくれる優しいお母さんたち。

 ハルの成長を一緒になって喜んでくれた、お母さんたち。

 

 

子どもの障がいのことを涙ながらに話し、心のなかで抱えていた気持ちも共有しました。

抱えている悩みは違うけど、悩んでいるのはみんな同じ。

 

 

どっちが楽とか、そういうものではないのです。

ハルがいなかったら、出会うことができなかった。

親子教室の辛い時期をあのお母さんたちと乗り越えることができて本当によかった。

みんながいなかったら、乗り越えることができなかった。 

 

そして、療育とは何かを教えてもらった先生たちには本当に感謝しています。

お別れ会は、茶話会という形で行われました。

 テーブルには2人に1つずつくらい割合でお菓子が用意されていました。

ハルと私は端に座り、同席する子がいなかったので、お菓子は独り占め状態。

みんな、ゆっくりとお菓子を食べているのに、ハルは次々とお菓子を平らげていました。

みんなに「ハルちゃんすごいな!」と爆笑されていても、気にすることなくお菓子をパクパク。

最後までハルらしかったです。

 春からは、療育園である たいよう園(仮)に通います。

初めての母子分離。

親子教室も、ある程度の回数を通うと、母子分離の日のグループになるのです。

ハルももう1年親子教室に通っていたら、そのグループに入っていたと思います。

そこで母子分離に慣れて、1年後療育園に通うのがベストだったのかもしれないです。

でも、県の決定は、ハルには毎日療育を受けることでした。

どんな生活が待っているかは想像もできませんでしたが、一つの区切りです。

春は別れの季節でもあり、新たな出会いの季節です。